相続の場面でよく耳にする「持ち戻し」という言葉。これは、生前に特定の相続人へ贈与された財産を相続財産に加えて計算し、相続人間の公平を保つための制度です。しかし、どの贈与が対象になるのか、計算方法はどうするのかは意外と複雑で、トラブルの元にもなります。
本記事では、長崎県で遺産相続や成年後見人などの民事法務、許認可申請等の行政手続を行う本村法務事務所が、持ち戻しの基本的な仕組みから計算方法、持ち戻し免除のケース、実際の事例までわかりやすく解説します。相続の準備や争いを防ぎたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
持ち戻しとは
持ち戻しとは、被相続人が生前に兄弟姉妹など特定の相続人へ与えた贈与(特別受益)を、遺産分割計算に反映させるために一度相続財産に「戻す」制度です。これにより生前贈与を受けた人とそうでない人の間で生じる不公平を是正します。

民法903条に定められており、戦後の家族制度改革の中で導入されました。背景には、戦前の家督相続制度では長男が財産をほぼ独占していたことに対する是正措置があります。現行法では、兄弟姉妹や男女の区別なく、法定相続分を前提とした公平な遺産分割が求められ、そのために持ち戻し制度が活用されます。
基本的な意味と法律上の位置づけ
持ち戻しは民法903条1項により規定されています。条文では「共同相続人中に被相続人から特別受益を受けた者があるときは、これを遺産に加えた額を相続分の算定基礎とする」と明記されています。
簡単に言えば、遺産総額の計算式は以下のようになります。
相続財産総額 = 相続開始時点の財産 + 特別受益額
この制度がなければ、生前に大きな贈与を受けた人がさらに遺産を受け取れることになり、不公平が生じます。持ち戻しを行うことで、公平な配分を保証する役割を果たします。
持ち戻しの対象となるケース
持ち戻しの対象は「特別受益」に該当する贈与や遺贈です。典型例としては以下の通りです。
- 婚姻・養子縁組のための贈与(結婚式費用、新居購入資金など)
- 生計の資本としての贈与(事業資金、住宅購入資金)
- 遺贈(遺言により財産を無償で譲る)
また、以下のような贈与は通常対象外です。
- 誕生日やお祝いのプレゼント
- 日常的な生活費の援助
- 冠婚葬祭でのご祝儀や香典
ただし、金額が高額であれば「通常の贈与」とは認められず、持ち戻し対象となる可能性もあります。境界線があいまいなため、贈与時の目的と金額を明確にしておくことが重要です。
相続における持ち戻しの計算方法
持ち戻しの計算は単純な足し算引き算ではなく、相続分に応じた配分調整が必要です。
特別受益の算定基準
特別受益の評価は贈与時点の時価が基本です。不動産の場合は固定資産評価額や不動産鑑定士の評価が基準となります。株式や事業資産も同様に贈与時の価値で評価します。
計算式の例:
- 遺産総額(相続開始時の財産+特別受益額)を算出
- その額に法定相続分を掛ける
- 特別受益を受けた相続人の持ち分から贈与額を差し引く
パターン例:
- 遺産:2,000万円
- 生前贈与:長男に1,200万円
- 相続人:長男・次男(各1/2)
計算結果:
- 総財産=3,200万円
- 各相続人基礎額=1,600万円
- 長男:1,600万円-1,200万円=400万円
- 次男:1,600万円
このように、贈与額が大きいほど、持ち戻し後の取得額は減少します。
持ち戻し免除のケース
民法903条3項では、被相続人が持ち戻しを免除する意思表示をしていた場合、贈与を相続財産に加算しないことが可能です。
免除の意思表示は、口頭よりも遺言書で明記することが望ましいです。
実務上は、持ち戻し免除の有無で相続人間の取得額が大きく変わるため、贈与時にこの点をしっかり確認しておくべきです。
実例で学ぶ持ち戻し
生前贈与があった場合の持ち戻し
【事例1】
父の遺産総額2,000万円、長男に生前贈与1,000万円、相続人は長男と次男。
計算手順:
- 2,000万円+1,000万円=3,000万円
- 法定相続分(1/2)=1,500万円
- 長男:1,500万円-1,000万円=500万円
- 次男:1,500万円
このケースでは、生前贈与が持ち戻しによって考慮され、兄弟間での公平が保たれます。
持ち戻し免除が適用された事例
【事例2】
母の遺産総額3,000万円、長女に結婚資金として500万円の贈与。遺言で「持ち戻し免除」と明記。相続人は長女と次女。
計算手順:
- 総財産=3,000万円(免除のため加算なし)
- 法定相続分(1/2)=1,500万円
- 長女:1,500万円(贈与分は差し引かれない)
- 次女:1,500万円
結果として長女は総額2,000万円を取得しますが、被相続人の意思が尊重されます。
持ち戻しに関する注意点とまとめ
持ち戻しは公平な遺産分割を実現する制度ですが、特別受益に該当するか否かの判断や評価額の算定方法で争いが起こりやすい点に注意が必要です。特別受益かどうかは、金額や目的、状況などによって判断され、住宅資金や結婚資金の援助が対象になることもあります。主張や否定には、振込記録や契約書、不動産登記簿などの証拠が欠かせません。
また、被相続人が持ち戻し免除を望む場合は、遺言書に明確に記載しておくことが重要です。評価額の算定が難しい財産は、不動産鑑定士や税理士など専門家の意見を参考にすると安全です。
相続は感情的な対立が生じやすいため、第三者を交えた話し合いや事前の制度理解がトラブル防止につながります。当事務所で税務相談や紛争対応などを受けることは法律上できませんが、不動産売却や、相続人の調査、財産調査、遺産分割協議書作成などの法務関係の手続きについては適切なアドバイスができます。スムーズに手続きを進めたい方や、不動産も含めて相談されたい方は、行政書士と不動産業のWライセンスの本村法務事務所へご相談ください!